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生死の境をさまよった緊急透析から離脱療養へ

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『BODY 驚異の人体探検』(R.ウォーカー/坂井建雄・文/手塚薫・訳/山と渓谷社刊)による眼球の周りの血管網のイメージ

 思えば2年半前の平成26年3月10日、その日は私にとって初めての救急車による緊急入院の夜でありました。
 じつは救急車の中で気を失った私は、それから2日間ほど全く記憶はなく集中治療室の中で生死の境をさまよっていたのです。
 気がついた時は手足の力が抜けて1センチも動かせない状態でした。意識を失っていた間の様子を家族から聞いたところでは、腎不全から心不全を併発して心肺停止の寸前で緊急透析しなければ命はない、と医師から診断されたとのこと。検査データによれば、腎臓の機能を表わすクレアチニン値や心臓のケイレンを誘発するカリウムの数値がいずれも危篤状態に跳ね上がっていたということです。

 じつは緊急入院した日の夕方から胸の苦痛を感じていたのですが、夜になるとジッと坐っていられなくなり、生死にかかわる危険を感じて119番への通報に同意しました。救急車に乗り込んだところまでは覚えていますが、それから先は気を失ったらしく、気がついたのは2日後と後から聞かされました。が、その間は全く空白のままで何も記憶にないのです。むしろ意識が戻ってから幻覚とも妄想とも区別できない非現実の意識に翻弄されていました。
 例えば病院の地下室とおぼしき空間が葬儀場になっていて、すでに葬儀の準備が整えられ、親戚.知人が集まっています。その中で白木の柱に自分の墓碑銘を書いている自分がいます。そうかと思うと、墓碑銘を書いた白木の柱を担いで墓地に向かっている親族.知人の葬列を遠くから眺めている自分がいたり、埋葬された自分が冷静に地下から世の中を眺めていたりするのです。

 心肺停止の寸前で一命をとり止めた私は、1ヵ月後には杖をついて歩き出したのです。入院当時に現場にいたスタッフはみんな「この人はダメでも仕方ない」と思っていたそうで、歩いている私の姿にびっくりして「よくぞ生き返ったな」と声をかけてくれました。
 それから1年半ほど人工透析をつづけた後、昨年9月主治医に願書を提出して離脱療養に踏み切ってから1年になります。

 生き返ったものの今年84歳になる私が、1年前に常識では絶対ムリと信じられている人工透析から離脱できたイキサツをお伝えしたいと公開したのがこのブログです。その前提として、世界一完全な健康保険といわれながら病人が増えつづけ医療費が増大するばかりの原因は次の2点にあると思い当たりました。

1)体内のどこかに症状が現われてから医療を始めるのが現代医学ですが、あらゆる病気の因となる「血管の老化」つまり血管年齢の検査や治療は全く実施されていないこと。つまり「血管」は投薬や注射では回復しないので医療の対象とはならない。

2)血管年齢は日常の食習慣や運動に左右される。米国で製造販売を禁止されたマーガリンやショートニングその他の化学添加物も日本では野放しにされている。そのうえ加工処理した単品のサプリメントが多く、総合的な身体の健康維持や若返りに適していないのではないか。とくに健康な血管のためには、自然のままの栄養素を豊富に含んだサプリが必要ではないか。

 以上の提案を実証することが私の残りの人生に課せられた宿題と自覚しています。
 みなさまと共に身心の健康を求めていきたいと願っている次第です。
 84歳まで波乱に満ちた人生を歩んできた私を信じてくだされば幸いです。

血管と腎臓の基礎知識
(以下の図版と記述は「Kindle人体大図鑑」に基づいてコピーしました)
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血管(動脈・静脈・毛細血管)
 血管の総延長は10万キロ。体の中心を上下に走る太い血管、枝分かれした細い血管(毛細血管)が体のすみずみまで行き渡り、血液を供給している。
 末端部の毛細血管で、動脈と静脈はつながっている。人体の血管の総延長は、毛細血管まで含めると、10万㎞(地球2・5周分)にもなるという。
 全身の血液量は約5リットルで、およそ1分間で体内をひとめぐりしている。血液は酸素や栄養分を運んで必要な細胞に届けたり、老廃物を輸送したり、体外から侵入してきた病原菌を退治したり、尿や消化液の原料になったりと、実にさまざまな役割を担っている。

*腎臓の構造
「腎臓」は尿をつくる器官だ。腎臓は腰の上あたりの背中側に左右一つずつ存在する。にぎろこぶし大(高さ約10センチ)のソラ豆の形をした臓器だ。
(体内の水分量を調節する唯一の器官)
 水は人体を構成している最も多い成分である。体重に占める水の割合は成人男性で60%前後、成人女性では55%前後。一般に脂肪の量に比べると、年齢が高くなるほど水分の割合は少なくなる。
 体内にある水分の量と組成(ナトリウムの量やpH=酸性・アルカリ性のバランスなど)を調節し、つねに一定に保ことが腎臓に課せられた重要な役割だ。そのために、腎臓には毎分およそ1・2リットルもの血液が心臓から流れこんでくる。この大量の血液をろ過して老廃物や余計な水分を集め、尿をつくる。
 私たちが外部から取りこむ水の量と体外に排出する水の量はほぼ等しい。食べ物や飲み物からとる水分は1日に2〜2・5リットルほどで、私たちは毎日、汗や便、尿として2〜2・5リットル(同じ量)の水を排出している。汗や便として排出される水の両派調節がむずかしいため、尿の量を増減することで全体の排出量の帳尻合わせをしている。

*200万個の「ろ過フィルター」
 腎臓の中で血液のろ過を行なうのは「腎小体」と呼ばれる直径0・2ミリほどの小さな組織だ。左右の腎臓で合計約200万個の腎小体がある。
 腎小体でろ過された血液はいったん「原尿」という尿の原料になる。1日に約1700リットルもの血液がろ過されて、そのうち約170リットルが原尿になる(成人男子の場合)。ところがこの原尿には人体に必要な水分や成分(糖やアミノ酸など)が多く含まれている。そこで原尿から水分や各種成分を再吸収して濃縮した尿をつくる。最終的に尿として排泄されるのは、ろ過した血液の0.1%弱(1・5リットル)になる。

病名は頸動脈狭窄症とコレステロール塞栓症の併発

 入院中、主治医に確認したところ、タイトルのように厄介な病名を告げられました。しかも、右目の真ん中に影が見えたのが始まりでした。その前に一瞬右目の視力が失われたこともあり、あわてて診断を受けるために眼科を受診したところ、眼球の検査が終わったあとで、
「これは目の病気ではない。もっと奥の視神経の異常だから直ぐに脳外科でMRI検査を受けなければ手遅れになる」
 と診断され、翌日別の総合病院でMRIの結果、早急に右頸動脈血管内のプラーク(カユ状のコレステロール老廃物)を除去する手術を予約することになりました。

 手術前に再確認のためカテーテル検査を受けました。それは太ももの付け根から脳の中まで血管の中を細い管を通しながら造影剤を入れて映像を撮る検査ですが、その途中、腹部のあたりで辛抱できないほどの激痛のため、検査後も丸一昼夜なにも食べずに苦しみました。

 その後、肝腎の頸動脈狭窄症の手術直前の血液検査でカリウム値の異常がわかり、手術を延期して透析を受けたと書きましたが、あとで循環器内科の主治医がデータを調べた結果、カテーテル検査で血管内にチューブを通すときに剥がれたコレステロールが腎臓の毛細血管に詰まったための塞栓症と診断されました。
 医療関係のネット記事によれば千人に一人くらいは検査の副作用で治療法がなく多臓器不全で死亡することもある、と出ています。

 私の場合も腎臓の糸球体がコレステロールの砕片で詰まり、慢性化して腎不全になったことは間違いないのです。が、自然治癒力で詰まりが溶けたら腎機能も回復するはず、と私は信じていました。実際、40日目で退院するときには週2回3時間ずつの透析で十分と診断されていたので、1年以上も経過しているからには離脱も可能と自己判断して主治医あてに署名捺印のうえ願書を提出したのです。

 その前提として、血管を修復し若返らせるために一つの秘密の方法があります。それは医師のほうから決して出さない処方ですから、選択する責任は自分にあるのです。
 ネットのあちこちのサイトで見かける「自分で腎臓病を治す」広告のように30数万円の機械を必要とする「内臓トレーニング」とも違います。
 あなたがもし自分の血管年齢を気にしておられるのであれば、共に協力して自然治癒力の素晴らしさを体験しようではありませんか。
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(追記)人工透析から離脱への挑戦(2016.9.22)

 通院している病院の透析室では、83歳の私は患者の中でも最年長に属していた。なかには30代40代の患者も見かけた。そんな若い年代で透析治療を受けている病因は想像できなかったが、例外なく気分的に落ち込んでいるように見えた。将来の人生にわたって一生のあいだ透析から離れることができないとすればムリもない、と同情の念を覚えた。
 私の場合は週2回、ほとんどの患者は週3回ずつ朝8時30分までに広い透析室のある階の更衣室に入り、朝から衣服を脱いでパジャマに着替える。パジャマと決められているわけではないが、ベッドに横になって透析を受けるためには最適の格好に違いないからだ。この忙しい世の中で朝からパジャマに着替えてベッドに横になる疎外感というか屈辱感を覚えるのであった。
 自分用の記録ノートを規定の場所に置いてから体重計にかかる。前回との体重との差が体内に溜まった水分と推定され、その分を透析中に排出(除水)することになる。たいていの患者は透析後から次の透析までの間、ほとんど尿は出ないから、もし一回でも透析が抜けると生死に関わる問題となる。たしかに普通に大小便を催してトイレへ通うことの有難さは何事にも代え難い「いのちあるもの」の証拠にちがいない。
 どの患者もみんな医師と技師と看護師にお任せで、自分の命をお預けしているようにも見える。平均して月一回実施されるレントゲンや血液検査のデータを確かめようとしないし、医師も説明しようとしない。その中で検査データのコピーを請求したり、うるさく質問するのは私だけであった。体調に異常がなければ透析を一回でも減らしたい、と私は願望していた。
 レントゲンは心臓と肺臓の大きさの比率を見ることが目的で、余分の水が溜まっている場合は心臓が大きくなり比率が変化する。また血液検査は30項目以上にわたり腎機能の変化を確かめるためのデータとなる。中でもクレアチニン、尿素窒素、カリウム、尿酸、ヘモグロビンなどの数値が重要なポイントになる。
 その頃、一冊の文庫本が新刊されたことを広告で知った。『血管を鍛えると超健康になる』(池谷敏郎著/知的生きかた文庫/2014)で、それまで血液ドロドロとかサラサラとか聴いていても血管を鍛えるという情報は皆無であった。この書で「血管」に焦点を当てた本は初めて目にするタイトルであった。著者は自営の医院を開いて診療している循環器専門の医師で、今もテレビに出演して活躍しているのは、大学付属病院など組織の制約がない自由な立場での研究結果かもしれない。
 この本によって「血管年齢」「血管力」などの用語を初めて知った。本文の中には次のような項目が並んでいる。
• すべての病気は血管から
• 発病してからしか治療しない医学
• 血圧の上下差は血管の柔軟性か?
• 血管は薬では回復しない。
• 安価な大量生産による食品は化学添加物なしでは生産不可能
• 添加物には複合による毒性あり。ミルク、パン、マーガリン、菓子、ハムソーセージ等々腐敗しない大量生産の飲 食物には例外なく多種多様な人工化学添加物が含まれていて動脈硬化の原因になる。
一方、老化した血管を修復する成分はイワシやサンマなどの青魚に多く含まれているEPAという油に含まれていて、その成分だけを精製した薬もあるという。しかし、血管の修復は対象療法にはならないためかEPA製剤を医師から処方されたことはなかった。その製剤が病院の処方箋のみ販売されていることを知り、主治医に処方してもらいたいと希望したところ、調査の上で認めてくれることになった。
 思えば私にとって発病のきっかけとなった頸動脈狭窄症にしても、かかりつけの医院で簡単に診察できる首筋のエコー(超短波)検査をしてもらったことは一度もなかった。動脈硬化といっても、一部分の動脈だけが老化しているはずはない。血管は全身に編み目のように繋がっていて、毛細血管まで含めると一人の体内に10万キロメートルの長さ(地球2周半)の長さになると人体解剖の本にも出ている。その血管を注射や服薬で修復することは不可能だから、体内のどこかに症状が出るまで診療しないのだろうか。 とにかく血管の老化は永年の不自然な加工飲食物や生活習慣の積み重ねの結果にちがいない。若いしなやかな血管でなければ血液も十分に循環できなくなるのも当然といえる。
 そのことに気づいてからの私は、食品添加物や保存料の表示、さらには適度な運動に気をつけるようになった。
さらに、あちこちのサイトで見かける「内臓トレーニング」の広告に関心をもち、資料を取り寄せて調べてみた。静岡で開業している医師の発案で「腎臓を自分で治す」ことをモットーに資料の無料配布や直接の診療、および血液循環を促進する低周波発生機器の通信販売を並行して実施して効果を挙げているという。それは30万人超といわれる透析患者にならないための予防となることは間違いない。腎臓を悪くしていても透析を避ける希望を抱いて実行する人々に希望を与えている。
 とはいえ30万円を超える高価な機械を買う余裕のない私としては、機械に頼らずに透析から離脱できる希望を捨てることはできなかった。なお「内臓トレーニング協会」主宰者・広岡孝医学博士には『腎臓病を自分でなおす』と題する著書もある。
 2014年5月から通院して透析を始めてから一ヵ月ほど経過した頃、近くに住む親しい年下の知人が病気で不幸にも亡くなった。知らぬ顔はできない間柄であったから、葬儀の段取りなど手伝っていて透析を受ける予定をすっかり忘れていた。病院からの電話で初めて気づいたが、時すでに遅く、無断欠席した理由を述べて治療の延期を願い出た。
二日遅れで透析を受け血液検査のデータを後から確かめたところ、透析の間隔が一週間空いていてもデータが悪化している兆候は見出せなかった。
 それからまた三ヵ月ほど経過した頃であった。家でカーテンと壁をカン違いしてもたれようとしたとたん、後ろ向きに板間の上に思い切り尻餅をついた。その瞬間、腰よりも背骨の中程に強い衝撃が走った。激痛は治まらず、自分でも背骨が陥没したような直感が走った。それからは痛みのため横になったまま向きを変えることもできず、数日は寝たきりとなり、ようやく同じ病院の整形外科を受診するために車椅子で運んでもらう始末であった。レントゲンの結果は、案の定、脊椎の圧迫骨折であった。患部の貼り薬は処方されたが、ギブスを作るほどの重症ではなく、あとは自然に骨が固まるのを待つしかなく、一ヵ月あまりかかって、ようやく薄紙を剥ぐように痛みが消えた。
 尻餅をついた日はさすがに通院できない理由を電話して休んだが、それも二日ほどで、車椅子で通院できないのなら入院してでも透析を受けなければ命は保証できないとの主治医の返事であった。三日後に通院した時の血液検査の結果も変化はなかったことを確認した。むしろ項目によっては間隔が空いた後のほうが好転していることもあった。それは腎臓の機能が回復しかけているためではないか、と都合よく解釈することにした。
 そこで私は、透析を週一回に減らしてもらう計画を立てたが、口頭で申し立てても希望がかなえられる見込みはなかったので、泌尿器科の主任医師あてに願書を提出することを決心した。賛成してくれた長男との連名で「人工透析の回数変更についてのお願い」と題する文書を作成し、2015年9月11日に提出した。責任はすべて患者自身にあることを明記し、病院および主治医に迷惑はかけないことを誓約した上で、過去の血液検査データを添付した。透析回数の全国的データをネットで検索したら、国立病院では患者の4%程度は週一回だけの患者が実在していたので、そのデータも添付することにした。
 以下に長男と連名で提出した文書と血液検査のデータ(その一部)を参考までに添付しておきたい。泌尿器科の部長医師名を提出先として「人工透析の回数変更についてのお願い」というタイトルを付けた。最初に発病から緊急入院から透析を始めた経過、一ヵ月ごとの血液検査データの比較の後、今後の透析回数の変更希望を明記した。最後の部分を参考までに転写しておきたい。
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 患者本人としましては、今後の可能性に賭けて、透析間隔を延長して結果を確かめてみたい希望を抱いています。そのため仮に週1回(6日空き)の透析間隔でどのような結果が得られるか、自分自身の体を実験台として試してみることをお許し願いたいのです。
 国立の施設では週2回の患者比率は全体の10.3%、週1回の場合でも4.2%あり、他の各種施設でも僅かながら週1回の患者が実在している調査結果が公表されています。
人工透析患者の腎臓機能が残存している場合、透析回数が少なくなればなるほど機能をフルに発揮しなければ健康を維持できない故に腎機能が活性化される可能性があるのではないでしょうか。逆に回数が多くなればなるほど腎臓が働かなくても機械が代用してくれるので、次第に腎機能が衰えていくのではないでしょうか。私は後者の場合になることを恐れるのです。
 以上は素人考えに過ぎませんが、もし単なる希望的推測に過ぎない場合は、次の透析前の血液検査のデータにはっきり出てくるものと考えます。週1回(6日間隔)の実験結果は、透析前の血液検査で示されますので、もし私の希望する実験的治療が誤りであれば、元通り週2回透析に戻る指示に従います。ただ最後の機会として、たとえムダでも週1回間隔に挑戦したい希望を抑えることができないのです。
 もちろん血液検査をするまでもなく、むくみやふらつき、病的疲労感などの自覚症状が出てくれば、その時点で人工透析室へ電話で連絡をとり、病院のご都合のつく日時に透析治療を受けたいと思います。今まで4日空きで異常がなかった経験からすれば、6日空きで生命に危険はないと信じております。
 まことに勝手なお願いとは承知しておりますが、患者本人の最後の希望を叶えて下さいますよう重ねてお願い申し上げる次第です。もちろん結果はどうなっても、すべて本人の責任と認めることが条件となることは承知しております。
 以上、長々と申し述べましたが、患者の思いをご理解くださり、最善の判断をして頂きますことを重ねてお願い申し上げます。今後の通院日(9/15または19日)に結論を聞かせて頂く機会を与えて下さいますことを期待しております。                            以上
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 泌尿器科の受付窓口にことづけた願書に対してさすがに主治医も無視できず、希望通り週一回の透析を試みることに同意してくださった。それから一ヵ月経っても体調に異常はなく検査データにも変化はなかった。そこで、今度は二週に一回に減らすことはできないかと考え始めた。さすがにそんな長い間隔で透析治療を受けている患者の実例はないようで、私も言い出し難かったが、幸い主治医のほうから私の希望を感じ取ったのか、利尿剤を服用する条件を受け入れるならば透析を離脱してもよい、と認められた。これ幸いと私はその勧めに従って離脱することに同意した。病院にとっても、大勢の患者の中に一人だけ週一回しか透析を受けない患者が混じっているのは厄介な存在であったのかもしれないと想像したりした。
いずれにせよ念願が叶って離脱できるのだから文句はなかった。最後の透析を受けた後、主治医から一言があった。
「また透析が必要になった時はいつでも受け入れる用意はある。あなたの腎臓は限界ギリギリの機能しかないことを忘れないように」
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 その後ちょうど1年を経た今、2ヵ月に一度の診察(血液検査と胸部レントゲン)のデータに悪化の兆候はなく、逆に最近の診断の結果では、処方される薬の種類が減っている。
 こうした好調な体調を維持している陰には一つの秘密の方法があるのだが、現代医療の限界を主張することになりかねないので、主治医に話すわけにはいかない。信じてさえくだされば誰でも実行できる方法に違いない。もし知りたいと望まれる方は下記アドレス宛にメールくだされば個人的にお知らせします。ただし、現在人工透析の治療を受けておられる方あるいは健康に不安のある方に限らせてもらいます。

(メール連絡先)shougen11910@yahoo.co.jp  植田義弘

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Author:万年哲学者(Always Philosopher)
 "万年哲学者" を自任する80代が半世紀かけて解明した"いのち" の真実を、若者たちに伝えるために発信するブログです。"真実" とは100年経っても価値を失わない発見や表現を意味しています。

 25年前の1991年には日本情報処理開発協会主催公募エッセイ「私たちのくらしと情報化」が最優秀賞を受賞したことがあります。(ブログ内で原文をリンク)情報を心の栄養とみて健全な知情意を育成するために必要な情報論を展開し、その後の急激な情報化の潮流に対して問題点を先取りした内容と自負しています。

 戦後70年にあたる2015年8月、ボランティアで続けてきたHP<戦争を語りつぐ証言集>(http://www.geocities.jo/shougen60/) が延べアクセス23万回となり毎日新聞でも紹介されました。戦争やテロほど生命を破壊する所業はありません。

 今後は "超人類" へ飛躍する未来をひらく「生命の哲学」に関連ある情報を提供したいと願っています。

 メール=shougen11910@yahoo.co.jp

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