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岡 潔:「親のしつけ」=教育はどうすればいいのだろう」より

(発信者より)
 このエッセイは、2002年2月に編集・復刊された『情緒と創造』(講談社刊)の中にも収録されています。家庭における幼児教育のたしかな処方箋を読み取ることができます。
 このホームページに転載するに当たっては、岡先生の遺族(長女)鯨岡すがね様より快く承諾を頂いております。

  岡 潔:親のしつけ

 14年まえ、この奈良女子大に勤め始めたころ、男・女性がずいぶんちがっているということに気づいて、どう教えればよいかについてよく研究しました。10年ぐらいまえになるでしょうか。
 それと同時に、子どものおいたちが、人の子の内面的なおいたちが、ひじょうにおもしろいものだということがわかってきたのです。
 それで、そのころ数年、小さな子どもをよく観察しました。
 乳母車に乗った四つの女の子が、「嫣然と笑う」のに驚いたのもそのころです。
 また、六つぐらいのときは、男・女性をあまり問わずに寄って遊ぶようですが、六つの女の子が、はっきりうそ泣きをして見せるのを見て、六歳にして女性はすでに俳優的天才を表すのか、と感心したのもそのころです。
 人は、男・女性に関するさまざまなことを、さまざまな経験によって知るのではなく、情緒的に、すでに知りつくしていることを、単に経験によって、具体的に知るだけのことなのです。
 教育者は、こういうことを充分よく見て、しかるのち共学教育をするならするでやっていただきたい。
 三つまでは、大自然にまかせきりにして、それを傍観しているより仕方がないのですが、四つからは、すこし大自然の教育に助力し始めたほうがよいと思うのです。それができるから、したほうがよいと思うのです。 助力はどのようにしてするか。
 時実利彦さんの『脳の話』というのが岩波新書で出ていますが、それによると大脳というのは脳幹部もはいるのです。
 大脳の表面は、だいたい専門にこまかく分けられてしまっている。しかし、大脳の働きのうちで、総合的な働きが大事である。それで、共通の広場がなくては困る。
 こういう見方から、共通の広場が重要になってくるのです。これは、大脳前頭葉と、大脳側頭葉との二つになります。二つといっても、側頭葉は左右に分かれていますが、だいたい同じことをつかさどり、また連絡もついています。
 この前頭葉と側頭葉とはどういう総合的な働きをしているかというと、側頭葉は記憶・判断をつかさどり、前頭葉は側頭葉に命令すること、および感情・意欲・創造をつかさどるのです。
 この記憶もですが、とくに判断が問題になります。
 わたし自身は、大脳前頭葉の命令なしに、側頭葉だけで判断したという例は見当たらない。しかし、時実さんの本にこう書いてあるのだからできるのでしょうし、また、じっさいいまの学生はそれをやっています。
 ところで、大脳前頭葉は、これを取り去っても人は死にません。
 しかし、取り去ると人は衝動的生活しかできなくなります。それで、大脳前頭葉の命令なしに、側頭葉だけでする判断を衝動的判断といいます。
 この衝動的判断というのは、一つの行為です。この行為は、のちに述べますが、古人のよくいった修羅の行為です。この行為それ自体が修羅の行為であって、人のすべきことではないのです。
 ところが、この衝動的判断は、四つになるとすでに出ます。
 そこで、著しく悪いものだけは、取らなければいけない。ことに、憎しみに基づく衝動的判断、これは絶対に取らなければいけません。
 それから四つの後半にもなれば、ねたみ──このねたむという行為は衝動的判断です。これはかなり普遍的で、そして悪質なものです。
 とくに女の子に多いのではないかと思います。これは取らなければいけない。
 つまり、そういった衝動的判断が出たら、それを抑止することを、その子の大脳前頭葉にさせなければいけない。
 大脳前頭葉は側頭葉に命令することができます。ですから、側頭葉だけの判断を抑止することができます。
 この抑止するという働きは、衝動の抑止だけではありません。それはのちに述べます。
 抑止するという働きが、大脳前頭葉の固有の働きです。この力が強くなればよい。力が強くなるということが大事なのです。
 それには、もっとも悪質なものを選んで、それを抑止することを躾ければよろしい。
 で、四つでは衝動的判断のうち、悪質なものを抑止することを躾けなければいけない。
 生まれてからだいたい四つになるまでは母親の受け持ちですが、四つのころは、父母共同の受け持ち、そして五つから七つぐらいまでは、父の受け持ちです。
 はっきりこう仕分けなければいけないというのではありませんが、そうすることが望ましいと思うのです。
 とくに、三つまでの子に母が欠けているということは、その子にとってひじょうに不幸なことだと思います。
 できるだけをれを補うことを、くふうしなければいけないでしょう。
 四つの躾は申しましたが、五つはどうするか。
 五つになると自他の区別がわかります。自分をさきにし人をあとにする、というような衝動・感情・欲望、これらをみなおさえなければいけない。
 一口にいえばそうです。
 ぜひおさえなければならない衝動を抑止することは、すでに四つから始めていますが、五つからは、これを全体におよぼすのです。
 感情・欲望については、これらのうち人らしくないものは抑止します。
 では、人らしくないものにどういうものがあるかというと、これは古人のいった六道を取り入れるのが便利です。六道には四悪道があり、これは修羅・畜生・餓鬼・地獄の四道です。
 衝動的判断をおさえると、だいたい修羅へは行かなくなります。
 で、残りは畜生・餓鬼・地獄です。
 慈悲心が著しく欠けると畜生道へ行きます。だから無慈悲な感情・欲望の著しいものはおさえなければいけない。 肉欲・我欲をほしいままにすると、これは餓鬼道へ行くのです。だから、肉欲・我欲といったような欲望を恥ずかしいと思うようにしむけなければいけない。そして恥ずかしい感情・欲望を抑止するように、躾けなければいけない。
 物質現象以外になにもないと思うのは、堕地獄の因です。それから、残忍性も堕地獄の因です。小さい子に、物質現象以外になにもない、というような考えは出てくるはずはない。しかし、残忍性は厳重に取り除いてしまわなければなりません。
 物質現象以外になにもないというのは、徹底した物質主義という意味ですが、長すぎますから、以下物質主義といいます。
 親たちは、なるたけ物質主義的考えをもたないように、また聞かせないように、そしてその反対のものは聞かせるように、そういう雰囲気をかもす注意をしなければいけないでしょう。
 五つでは、衝動はだいたい全面的に抑止できるでしょうが、感情・欲望の抑止は、じゅうぶんうまくはいきません。 そこで、感情・欲望のうちの、とくにいけないもの、著しく人らしくないもので、その子になるほどとわかるようなものを選び、なるたけ納得させて、それを抑止させるように躾けるのがよろしい。要するに、こういったものを抑止する力が強くなれば、それでなんでもみな抑止するようになるのです。
 子どもがいけないと気づくためには、恥ずかしいと思う心(内心を照らす日の光)と、慈悲心(内心を照らす月の光)との二つを、できるだけ養わせるのがよろしい。
 これは、六つ、七つとだんだん余計にやってほしいのです。そうすれば、だんだん余計に、この恥ずかしいという心、つまり羞恥心も育てられます。また、慈悲心も育ちます。
 衝動的判断は、全面的に抑止するように、だんだんしていくとともに、父親は、男の子には人生の理想というものを、女の子には憧れというものを、少しずつ話してやるとよいと思います。
 女性には、心の悦びというものがよくわかるようにする。男性ならば、人の志気というものをもたせるようにします。 花にたとえるならば「色香も深き紅梅の」というのは、これは心の悦びでしょう。これは女性にだんだんもたせるようにします。梅の匂い、花のかおりですが、それは男性の志気に相当するものでしょう。
 憧れと理想とです。これを父親がすこしずつ与えてやるとよいと思います。
 父親がないばあいには、えてしてこれが欠けがちですが、母親がこの教育をやらなければならないわけです。
 こういうことが躾(しつけ)です。

(発信者の感想)
 最近の犯罪傾向をみると、つくづく岡潔博士が40年以前に幼児教育の要点として明示された「親の躾」の完全な欠如が遠因になっていることに思い至るのです。
 昨年、小学校に乱入して十数人もの小学生を殺傷した犯人・詫間某被告の場合、衝動的判断と残忍性の極端な実例といわざるを得ないのです。彼が前もって乱入する準備計画をしていたとしても、思いついた計画そのものが衝動的判断に違いないのです。まさに地獄そのものの残忍な行為と言わざるを得ないのです。
 精神医学者の岸田秀氏は、人間を「本能が壊れてしまった生きもの」と定義していますが、他の動物が本能のままに、生きるため以外の殺傷行為をしないのに対して、人間は心の自由があるだけに、平気で動物以下の行為をする危険性を持っているのです。それが畜生道より堕落した餓鬼道、さらに悪い地獄道に他なりません。
 その堕地獄の世界から脱出して人間らしい情緒を取り戻すために、一人でも多くの人々に、岡潔先先生のエッセイを読ん頂き たいと願わずにはいられません。



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万年哲学者(Always Philosopher)

Author:万年哲学者(Always Philosopher)
 "万年哲学者" を自任する80代が半世紀かけて解明した"いのち" の真実を、若者たちに伝えるために発信するブログです。"真実" とは100年経っても価値を失わない発見や表現を意味しています。

 25年前の1991年には日本情報処理開発協会主催公募エッセイ「私たちのくらしと情報化」が最優秀賞を受賞したことがあります。(ブログ内で原文をリンク)情報を心の栄養とみて健全な知情意を育成するために必要な情報論を展開し、その後の急激な情報化の潮流に対して問題点を先取りした内容と自負しています。

 戦後70年にあたる2015年8月、ボランティアで続けてきたHP<戦争を語りつぐ証言集>(http://www.geocities.jo/shougen60/) が延べアクセス23万回となり毎日新聞でも紹介されました。戦争やテロほど生命を破壊する所業はありません。

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