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天皇陛下のご挨拶から(平成27年1月より1年分)

 宮内庁は新年に当たり「天皇陛下のご感想」を発表した。その中に次のような一節がある。
「本年は終戦から70年という節目の年に当たります。多くの人々が亡くなった戦争でした。各戦場で亡くなった人々,広島,長崎の原爆,東京を始めとする各都市の爆撃などにより亡くなった人々の数は誠に多いものでした。この機会に,満州事変に始まるこの戦争の歴史を十分に学び,今後の日本のあり方を考えていくことが,今,極めて大切なことだと思っています」

 天皇陛下と同じ世代に属する私は、上記の「ご感想」には大いに共感している。現天皇は戦後の少年皇太子時代、来日したアメリカの作家ヴァイニング夫人を家庭教師として徹底した民主主義教育を受けられた。そのためか日本人の中でも最も民主的は発想をされる方と受け取っている。とくに太平洋戦争の実態について知悉されていることは上記のご感想にも表われている。
 戦後は天皇の政治的発言権は認められていないから、あくまで個人的感想として述べられているが、その中には、戦争体験がなく戦争の実態を学ぼうとしない今の内閣をはじめ政治家に対する精一杯の警告が含まれていることは間違いない。

 ところが、1月3日の朝日新聞の記事では、戦争に対する反省の部分を勝手に省略して「少しでもよい年に/一般参賀に8万1030人」の見出しで<天皇陛下は 「今年が国民一人一人にとり、少しでもよい年となるように願っています」などと呼びかけた>としか報じていない。参賀した人の端数1030人まで報道するのなら、なぜ政府に対する大事な要望も報道しないのか。
 同じく毎日新聞も「新年の一般参賀に8万人」というタイトルで朝日と同じ記事につづけて「年頭にあたり、我が国と世界の人々の安寧と幸せを祈ります」という最終の挨拶しか報じていない。
 このように昨今のマスコミは報道記事を選択・省略することによって情報を勝手に操作していることを忘れてはならない。事実、衆院選後に各マスコミの幹部が安倍首相から高級料理店へ招待を受けて会食したとのニュースもスクープされている。こんな現状では報道の中立性は期待できないことを承知しておかなければならない。かつて70年以前の戦時中にも軍部政権に都合の悪い負け戦のニュースを報道しなかった罪を忘れたのではないか。

 つづいて12月23日天皇誕生日に際して満82歳になられた天皇陛下の記者会見におけるお言葉を紹介しておきたい。右翼が天皇を持ち上げるのなら、その思いを受け取って厳守するのが本当だが、安倍首相はじめ右翼団体に加入している殆どの自民党の政治家は天皇陛下の思いを軽視もしくは無視していると言わざるを得ない実情なのだ。
 以下「戦後70年、先の戦争を考えた一年」として語られた毎日新聞ネット記事から。

「今年は先の大戦が終結して70年という節目の年に当たります。この戦争においては、軍人以外の人々も含め、誠に多くの人命が失われました。平和であったならば、社会の様々な分野で有意義な人生を送ったであろう人々が命を失ったわけであり、このことを考えると、非常に心が痛みます。

 軍人以外に戦争によって生命にかかわる大きな犠牲を払った人々として、民間の船の船員があります。将来は外国航路の船員になることも夢見た人々が、民間の船を徴用して軍人や軍用物資などをのせる輸送船の船員として働き、敵の攻撃によって命を失いました。日本は海に囲まれ、海運国として発展していました。私も小さい時、船の絵葉書を見て楽しんだことがありますが、それらの船は、病院船として残った氷川丸以外は、ほとんど海に沈んだということを後に知りました。制空権がなく、輸送船を守るべき軍艦などもない状況下でも、輸送業務に携わらなければならなかった船員の気持ちを本当に痛ましく思います。今年の6月には第45回戦没・殉職船員追悼式が神奈川県の戦没船員の碑の前で行われ、亡くなった船員のことを思い、供花しました。
 この節目の年に当たり、かつて日本の委任統治領であったパラオ共和国を皇后と共に訪問し、ペリリュー島にある日本政府の建立した西太平洋戦没者の碑と米国陸軍第81歩兵師団慰霊碑に供花しました。パラオ共和国大統領御夫妻、マーシャル諸島共和国大統領御夫妻、ミクロネシア連邦大統領御夫妻もこの訪問に同行してくださったことを深く感謝しています。この戦没者の碑の先にはアンガウル島があり、そこでも激戦により多くの人々が亡くなりました。アンガウル島は、今、激しい戦闘が行われた所とは思えないような木々の茂る緑の島となっています。空から見たパラオ共和国は珊瑚礁(さんごしょう)に囲まれた美しい島々からなっています。しかし、この海には無数の不発弾が沈んでおり、今日、技術を持った元海上自衛隊員がその処理に従事しています。危険を伴う作業であり、この海が安全になるまでにはまだ大変な時間のかかることと知りました。先の戦争が、島々に住む人々に大きな負担をかけるようになってしまったことを忘れてはならないと思います。

 パラオ訪問の後、夏には宮城県の北原尾、栃木県の千振、長野県の大日向と戦後の引揚者が入植した開拓の地を訪ねました。外地での開拓で多大な努力を払った人々が、引き揚げの困難を経、不毛に近い土地を必死に耕し、家畜を飼い、生活を立てた苦労がしのばれました。北原尾は、北のパラオという意味で、パラオから引き揚げてきた人々が入植したところです。

「この1年を振り返ると、様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います。年々、戦争を知らない世代が増加していきますが、先の戦争のことを十分に知り、考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います。
 私はこの誕生日で82になります。年齢というものを感じることも多くなり、行事の時に間違えることもありました。したがって、一つ一つの行事に注意深く臨むことによって、少しでもそのようなことのないようにしていくつもりです。

 今年もあとわずかになりました。来る年が人々にとって少しでも良い年となるよう願っています。」


 天皇・皇后両陛下は1月26日からフィリピンへの公式訪問を終え帰国された。国交正常化60周年にあたり、54年ぶりとなるフィリピンへの訪問を果たされ、アキノ大統領が自ら出迎えと見送りに立つなど、フィリピン側も異例の対応となった。両陛下とアキノ大統領は、終始打ち解けた様子で歓迎式典や晩さん会などで、多くの時間を共有された。

「貴国の多くの人が命を失い、傷つきました。私どもは、このことを深く心に置き旅の日々を過ごすつもりでいます」
 先の大戦でのフィリピン側の大きな犠牲について、このように述べられた陛下。滞在中、両陛下はフィリピンと日本、双方の慰霊碑を訪れることを希望し、あわせて160万人以上とされる両国の戦没者を慰霊された。事実、70年前の戦争では戦場になったフイリピンでは日本の兵士51万8000人、フィリピンの市民110万人が殺され、中でも首都マニラでの激戦で1ヵ月に10万人の市民が犠牲になったという。さきに紹介した「戦争を語りつぐ」HPサイトでも日本人兵士2名の過酷な体験記を収録している。

ブログ「晴耕雨読」より
「改憲案の冒頭で天皇を「国家元首」と位置づける一方、天皇が折に触れて発するメッセージの内容を一顧だにせず、それが自分に向けられた戒めである可能性を考慮しない首相周辺の態度は、彼らが天皇の絶対的権威を「錦の御旗」として利用したいだけで、本心では尊敬も何もしていないことを物語っている」
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万年哲学者(Always Philosopher)

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 "万年哲学者" を自任する80代が半世紀かけて解明した"いのち" の真実を、若者たちに伝えるために発信するブログです。"真実" とは100年経っても価値を失わない発見や表現を意味しています。

 25年前の1991年には日本情報処理開発協会主催公募エッセイ「私たちのくらしと情報化」が最優秀賞を受賞したことがあります。(ブログ内で原文をリンク)情報を心の栄養とみて健全な知情意を育成するために必要な情報論を展開し、その後の急激な情報化の潮流に対して問題点を先取りした内容と自負しています。

 戦後70年にあたる2015年8月、ボランティアで続けてきたHP<戦争を語りつぐ証言集>(http://www.geocities.jo/shougen60/) が延べアクセス23万回となり毎日新聞でも紹介されました。戦争やテロほど生命を破壊する所業はありません。

 今後は "超人類" へ飛躍する未来をひらく「生命の哲学」に関連ある情報を提供したいと願っています。

 メール=shougen11910@yahoo.co.jp

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