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私自身の原体験を踏まえて

 じつは今年84歳になる私ですが、精神的にはまだ熟年の万年哲学者を自任しています。1932年(昭和7年)2月の早生まれですから、戦争が終った年は中学2年生で、生後から少年期まで日本は戦争々々の連続でした。
 例えば私の生まれた昭和7年には犬養首相が暗殺され、その前年には満州事変が始まり、挙国一致の非常時体制による15年戦争に急傾斜していった。その結果、私にとって何よりショックだったのは、聖戦必勝と教え込まれていた戦争が無条件降伏に終わり、小学校に入ってから習ってきた歴史がすべて虚偽とされ、鬼畜と呼ばれた米英が自由と民主主義をもたらす使者に逆転したことであった。事実、同じ顔ぶれの教師は180度ちがった思想を口にしはじめた。戦争中の書物や教科書がバイ菌で汚染された危険物のように火の中へ投げ込まれるか墨で塗りつぶされた。
 こうしたオトナたちの変身ぶりを目のあたりにして私は人間の信念や言葉がすべて信じられなくなった。つまり「何でも疑いたくなる」放射能を浴びたようなものであった。オトナたちが昨日まで身命を賭していた信念をあっさり捨て去った変身ぶりに不信感を後々まで拭えなかった。さらにいえば人間はいかに偏狭な観念に支配され、そのために命まで犠牲にして顧みないか、その恐れと疑いを抱かされた。さらに過去に築き上げてきた組織や権力、そのために費やすエネルギーがいかに虚しく信頼できないかを心の奥底に焼きつけられたのであった。
 自由や言論の抑圧といっても、法律や暴力による強制だけとは限らない。大衆の意識に固定観念を吹き込んで「疑う」自由を奪う心理操作もできる。自由そのものは真空のようなものだから、意識の空間を何らかの観念で満たさなければ安定できない。それ故、意識を満たすための情報を与えつづければ大衆は喜んで自由を捨てる場合もあり得るのだ。とにかく何でも疑う種を心底に植えつけられた私は、戦後の民主主義も単純に信じられなかった。
 民主主義のお手本であるべき米国は、8月に入って広島・長崎に原爆を投下しポツダム宣言受諾が既成事実となっていた8月14日にも大阪大空襲で多数の市民を殺傷したことを後で知った。民主主義だけで悪が滅びるほど人間は単純ではない。基本的人権の尊重というが、その人権の中にはさまざまな欲望が含まれている。物欲、所有欲、名誉欲、権力欲まで人権として尊重すれば、世の中はエゴの対立と抗争に明け暮れるばかりになる。政治や法律だけで社会の規範を保つことはできない。
 しかも、外から強制的に与えられた思想では、日本人の内面的な意識や悪の構造は変わりようがない。自分の欲望を満足させるだけが人生ではない。多くの命が失われた戦争の時代に生まれたためか、私は生きることの意味にこだわり、世の中の風潮に背を向けて文学や思想に興味をもった。思想といっても観念的な思弁を好んだのではない。生命の価値を確かめたいという欲求がすべてであり、いのちと一体になる生き方を模索した。かつてのジャーナリズムは太平洋戦争を賛美し煽動することに懸命であったが、戦後は一転して経済の成長発展に方向転換していた。
 同じ町に駐屯していた予科練(海軍予科練習生=特攻隊の養成機関)の多くが、敵艦に体当たりして自爆していったことを知り、なんと多くの若い命が失われたことかと戦争を指導した参謀たちに憤りを感じた。

 70年前までの太平洋戦争では、日本人だけで310万人の命が失われている。広島・長崎の原爆はいうまでもなく、東京大空襲では一夜で10万人の市民が米空軍によって集中投下された焼夷弾の犠牲になっている。そんな戦争の実態を知らない世代に体験者の生々しい証言を記録して公開するHPサイトをボランティアで立ち上げたのが十数年前であった。それ以来、男女を問わず年齢順に収録した証言は140名になり、延べアクセス数も23万回に達しようとしている。
HP<戦争を語りつぐ証言集>(リンク)
*昨年の夏に取材をうけた新聞の紹介記事(リンク)
 読売新聞(2015.8.15付)
 毎日新聞(2015.8.29付

 ところが、20世紀だけでなく21世紀に入っても、生命の価値を知らない政策の恐ろしさは少しも減っていないのが現実であろう。しかも今、戦争体験のない政治家たちは過去を正当化しようとさえしている。私は左翼でも右翼でもないが、むしろ天皇陛下のお言葉を無視する政治家は右翼ではなく「米翼」にちがいない。(米=アメリカの軍産複合勢力)
 天皇・皇后両陛下は1月26日からフィリピンへの公式訪問を終え帰国された。国交正常化60周年にあたり、54年ぶりとなるフィリピンへの訪問を果たされ、アキノ大統領が自ら出迎えと見送りに立つなど、フィリピン側も異例の対応となった。両陛下とアキノ大統領は、終始打ち解けた様子で歓迎式典や晩さん会などで、多くの時間を共有された。
「貴国の多くの人が命を失い、傷つきました。私どもは、このことを深く心に置き旅の日々を過ごすつもりでいます」
 先の大戦でのフィリピン側の大きな犠牲について、このように述べられた陛下。滞在中、両陛下はフィリピンと日本、双方の慰霊碑を訪れることを希望し、あわせて160万人以上とされる両国の戦没者を慰霊された。事実、70年前の戦争では戦場になったフイリピンでは日本の兵士51万8000人、フィリピンの市民110万人が殺され、中でも首都マニラでの激戦で1ヵ月に10万人の市民が犠牲になったという。さきに紹介した「戦争を語りつぐ」HPサイトでも日本人兵士2名の過酷な体験記を収録している。

 このブログの最終テーマはタイトルの通り「未来をひらく生命の哲学」にある。つまり、同じタイトルの電子書籍シリーズを認知してもらうことにある。否、認知に止まらず過去の歴史や現在の実態から飛躍するための哲学を構築しようとしている。現実を追うだけでは解決の道はない。際限なく拡大する欲望の汚泥にまみれた現実から ”超人類" に飛躍する道を共に開拓したい。



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プロフィール

万年哲学者(Always Philosopher)

Author:万年哲学者(Always Philosopher)
 "万年哲学者" を自任する80代が半世紀かけて解明した"いのち" の真実を、若者たちに伝えるために発信するブログです。"真実" とは100年経っても価値を失わない発見や表現を意味しています。

 25年前の1991年には日本情報処理開発協会主催公募エッセイ「私たちのくらしと情報化」が最優秀賞を受賞したことがあります。(ブログ内で原文をリンク)情報を心の栄養とみて健全な知情意を育成するために必要な情報論を展開し、その後の急激な情報化の潮流に対して問題点を先取りした内容と自負しています。

 戦後70年にあたる2015年8月、ボランティアで続けてきたHP<戦争を語りつぐ証言集>(http://www.geocities.jo/shougen60/) が延べアクセス23万回となり毎日新聞でも紹介されました。戦争やテロほど生命を破壊する所業はありません。

 今後は "超人類" へ飛躍する未来をひらく「生命の哲学」に関連ある情報を提供したいと願っています。

 メール=shougen11910@yahoo.co.jp

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